らっくASIA

アジアがらっく(タイ語で愛する)な、らっくが感じたアジア。

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

陸前高田での活動

ボランティア活動は、2日とも岩手県陸前高田市。
まずは、ボランティアセンターへ。注意事項を聞く。
釘踏み抜きと、蜂には注意するように、また、印鑑、身分証明書、現金、写真(はっきりわかるもの)を見つけた場合は、持って帰るように、とのこと。

ボランティアセンターから海のほうへ向かっていくと、目の前に瓦礫でできた山(標高10m以上)がそびえている。
それでも、それらの瓦礫は、集められて、踏み固められた瓦礫なので、震災後そのままと言うわけではない。
地盤沈下で、たまった水の中に、転がった船や車もまだ残っている。

そして、7万本あった松林の中で1本だけ生き残った復興松が姿を見せる。
復興松
海水で枯れはじめていて、処置が施されていた。
そして、防潮マンションと呼ばれていた建物も。
防潮マンション
4階まで津波が来たということが良くわかります。屋上が避難先に指定されていたものの、
地震当日、マンションから海の底が見えて、ここでは助からないと思って、高台に非難したという方の話をテレビで見たことがありました。
(実際は、屋上で助かられた方もいらっしゃいました。)
   
活動地はの広田中学校近く。陸前高田市の市街地からは、遠く、風光明媚な高台をくねくねと曲がり(これがリアス式?)、現地に到着。
すぐ隣は大船渡市。活動内容は、元田んぼの草刈りと瓦礫撤去。
港には防潮堤があったが、見事に壊れていた。

田んぼに向かう途中、1台の車が徐行し、窓が開く。
おば様が、どうもありがとうございます。と言いながら深々と頭を下げて通過される。
感謝されてるだけなんだけど、涙がでそうになる。

手前の方はすでに、草刈瓦礫撤去が終了していたので、奥へと進む。
すでに撤去された瓦礫を見ながら、3月11日までは、生活用品だったものが、津波で瓦礫になり、、、
と思うと、これまた、涙がでそうになる。
草刈と言っても、近所の自治会の草刈と違って、背丈以上の葦が主。
田んぼがどこまで続いているか全くわからないほどの茂りよう。
お彼岸の頃の東北は長袖でちょうどいい気候だったのだが、硬い葦のせいで、長袖で、滝のような汗をかきながらの作業となった。
熱中症を防ぐ為にも、しっかり水分を取りながら、作業を続ける。
草刈チームを草集めチームに分かれる。
はじめは慣れなくて、1本しか刈れなくて、たった1本を草集めチームに渡したこともあったけど(そのたびに、え?1本?と、言われていた)、慣れてくると、ざくざくと作業が進む。
、、、と思ったら、海にあるべき漁業用網がでてきたり、家財道具がでてきたり、
学習教材がでてきたり、、、。
体力勝負の作業は、もう無理かと思っていたら、全然、大丈夫。私って、やっぱり体育会系だったんだ、、、と、実感。

昼食時、挙動不審な同室のWさん発見。そっと近づいてみると、指をざっくり鎌で切っている。
水で流すが、血が止まらず、救急箱を取り出し、消毒、止血。
看護師さんが、常に巡回されているようで、寄っていただくことに。

2日目も、同じ場所でも作業。
昼食時に気がついた。
田んぼの終わりがすぐそこにあることを。。。
たった、38人で、2日で、広い田んぼの草刈及び、瓦礫撤去が終了することに。
すごーい達成感。
そして、はじめは、会話のなかったチーム静岡だけど、半分以上一人参加だったにも関わらず、いつのまにか、おしゃべりの絶えない素敵なチームに。

ボランティアセンターに帰ると、一番遠いところでの作業の為、いつも、最後。
帰りは、ボランティアセンターの方、全員にお見送りしていただく。

ほんとに、心温まる2日間だった。

夕食後、足を引きずっている人が、、、
釘を踏み抜いたらしい。痛々しい。そういえば、毎日踏み抜き事故が何件か起こっていると言われていた。
私の、4回のギプス経験を生かし、ビニール袋とガムテープ、タオルで、お風呂に入っても、傷口が濡れないようにしてあげた。
何かしてあげるのって、気持ちがいい。

スポンサーサイト

東北に行くまで

東北へ、離乳食の支援物資を送って、つながった方と、メールをしているうちに、震災から、3ヶ月ほどたった、ある日、
”実は、、、身内にもいえないんですが、、、、実は、実の父親が津波で流されたのですが、この悲しみを、だれに言うこともできず、悲しいんです。いつもでこの悲しみは続くのでしょう。。。”と、メールが来た。その他にも、お父様への思いがいっぱい詰まっていた。
仕事中に、メールをチェックし、、、涙があふれてきて、途中で、閉じ、仕事に専念。。。だけどまた、気になって、メールを開けて、、、、3-4回繰り返し。

震災直後から、震災ボランティアに行きたかったけど結琉や、仕事で、なかなか、いけなかった。
震災から3ヶ月たってもまだ、昨日身内を亡くしたかのようなメールをいただいて、関西で、地道なボランティアもいいけど、同じ空気を吸いたくなった!同じを空気を吸っても、被災地の状況は変わらないけど、自分心の中で、少しでも、彼女の気持ちに寄り添いたくなった。。旦那も、行っておいで。。。と背中を押してくれた。

が、、、熱中症に弱い私。過去に、7月末、ウインド仲間で行った水害ボランティアで、熱中症になったことがある。歳も歳だし。。。車中泊後の作業も心配。
前日に岩手入りできるツアーを探して、9月はじめに参加!
。。。。。するはずが、台風12号で中止。9月22日からに変更してもらう。
ついでに、震災ボランティア前に、身近な台風12号の水害ボランティア!!!と思い、、9月18日に、津発三重熊野市行き、ボランティアバスを申し込んだ。
ところが。。。遠い、沖縄周辺にいる台風の大雨で、熊野市に通じる国道42号が崩落し、中止。

あまりに、私の参加しようとするツアーがキャンセルになるので、。会社では、もう、ボランティアに参加しないでください!!!と、言われていました。

9月22日。
前日は台風。このおかげで、結琉は、保育園がお休みになり、私と1日一緒にいれることに。不吉な予感はしたが、ツアーは遂行決定。
40名の参加予定のうち、台風のため、仕事が休めない、屋根が飛ぶなどの理由で、2人キャンセルがでて、38名参加。

道中、約9時間、隣の席で共にさせていただく方は、7年前に小学校の先生を定年退職された素敵なおばさま。
約9時間、震災のボランティア関係の話で、話題が途切れることがなかった。しかも、自己紹介もなく、単刀直入に、関わったボランティアの深い話に。。。泣ける話のときは、二人で、目頭を熱くしながら。いいお話のときは、お互いに共感しあいながら。
ボランティアに参加するといつも思うのだけど、全く自己紹介なしに、相手の顔色気にせず、話ができる。
同じ思いの相手。心地よい方々。

東京を抜けた辺りで、次の日活動予定の陸前高田ボランティアセンターから連絡があり、台風で、ボランティアセンターから、街までの道が土砂崩れで、通行止め。
いや~な予感。やっぱり、2度あることは3度ある???
夜10時ごろ国民宿舎に到着。





team SAKE報告会

3月11日、神戸のオフィスで、実験中に、突然めまいが!!!
、、、と思ったら、地震でした。

それから、東北のことが気になって仕方なく、何かしたいと思っていました。
5年前に水害ボランティアに参加したのをきっかけに、災害があるごとに、出番か!!! と思ってしまうようになってしまっていました。

ゴールデンウィークに、京都からボランティアバスがでると言うことで、応募したら、たった2日間の応募期間だったにもかかわらず、定員90人に対し、なんと、650人が応募。
で、はずれました

そんな中、ゴールデンウィーク中に、雑貨屋でteamSAKEという東北復興支援チームのビラを手にしました。
それによると、震災の後、道も整っていない中、取り残されている地域があるはずと、軽トラックと、自転車、徒歩で物資を届けに行ったという。
なんていう発想と行動力なんだろう! 
そして、1度きりではなく、何度も、訪れている。(道が整ってからは、車で)
産卵のために帰ってくるSAKE(鮭)のように。

とりあえず、一つ自分ができそうな支援があったので、離乳食をteamSAKEを通じて送らせていただきました。
一つ、支援できたら、自分の中では、納得して、満足するのでは???と思っていたのに、
大きな間違いでした。
物資到着のお電話をいただいてからは、急に会いもしていない相手の方を、ママ友のように、ものすごく近く感じ、日差しが強くなってくると、赤ちゃん用の帽子あるかな???日焼け止めあるかな???と、心配になる。
心が、東北につながってしまった感じ。

こんなに、心をつないでくれたteamSAKEにあってみたい。もっと、協力してみたい。っと思っていたときに、
ちょうど、teamSAKEの報告会があるというので、行って来ました。

あ、、、以下をクリックされない方は、こちらをクリック
きっと、あなたも、何かしたくなるかも

*CommentList

法事@沖縄

ブログをなが~い間、お休みしていましたが、、、喪もあけて、久しぶりに、ブログを再開します。
ゴールデンウィークが終わる頃、世間の流れとは逆行して、法事の為、沖縄に帰省してきました。
旦那のお義父さんの一周忌とお義母さんの三十三回忌です。

今回、実は、沖縄に帰る前から、お義姉さんから、お弁当、50食手作りするから、覚悟していらっしゃい! と、脅されていました。


ベランダの掃除、障子の張替え、照明器具の掃除、、、など、いろいろさせていただきました。
こんな帰省に限って、梅雨真っ只中なのに、天気がいい

法事前日、宮古島の親戚が、その日に釣った魚を持っていくという連絡が来た。
(旦那の両親は宮古島出身だけど、旦那の生まれる前から、沖縄本島に移住。)

私の今日釣った魚、、、のイメージは、アジのような小魚が何匹か、、、な、イメージ。
だけど、持ってきていただいたのは、マグロ1本。 もちろん、台所では裁ききれず、風呂場で裁かれ、柵になりました。
そして、翌日の法事用になりました。

さて、法事当日。
私たちは、お買い物をおおせつかりました。
ジランバ屋のカステラかまぼこと、白いかまぼこ。
ジランバ屋
ジランバ屋は、那覇では、おいしくて有名なお店。カステラかまぼこがほんとにおいしい。
そこで、結琉が、突然泣いて”赤いかまぼこ~~~~”と、涙ながらに訴えました。
確かに、黄色と白は地味よね。赤いのは、かわいいよね~。
だけど、法事だし、、、と思っていたら、
なななんと、ジランバ屋のおばさんが、おもむろに新しい赤いかまぼこ1本を2つに切り、切り口をさらに5mmほど切って、結琉にくれたのです。
なんという、温かさ。。。
ますます、ジランバ屋が好きになりました。
お弁当1
そして、おうちに帰って、お弁当の盛り付けが始まります。おかずは、長男のお嫁さんと、お義姉さんが作りました。
50食広げると、まるで、弁当屋のよう。
お弁当2
なんだか、結構楽しくて、わくわくしちゃいます
だけど、油断していると、お義姉さんに、”だれ!こんな盛り付けをしたのは!!!”と、おこられます。。。

そうこうしているうちに、法事が始まる。
お客さんは、一気に来なくて、三々五々と現れ、お帰りになるので、お客さんの前のお膳が、その人のか、前の人のものか、わからない状況。なかなか人が覚えられな~~~い。
だけど、なんとか、無事終りました。
なんだか、達成感のある、帰省となりました。

そして、たまたま開南に泊まっていたので、大好きな、アジアの香りのする、農連市場にも、行けました。行きたかった激ウマの宮古そば、田舎にも行けた。ほんとに、おいしかった。

農連市場

先島ミーティング@下御霊神社

名古屋の友達から、先島ミーティングが京都の神社であるよ。とのメールが。
神社という事は、野外。という事は、結琉を連れて行ける。。。がしかし、その日は三線教室の日。
友達にその事を伝えると、「自主練にしちゃえば」との返事が。
自主練。。。なんと、響きのいい言葉。。。
即、行く事にした。
先島ミーティングは、宮古島久松出身(旦那の両親とおなじ)の下地勇と、石垣島白保出身の新良幸人のユニット。
勇さんの事は、旦那から教えてもらい、歌詞の意味深さ、宮古島方言で歌う面白さからファンに。幸人さんは、15年前に石垣島で今は無き東洋テープでパーシャクラブのCDを買ってから、民謡を身近に感じさせるアレンジと、声に惹かれて、いつかはライブでお目にかかりたいと思っていた。

勇さんのライブは、結琉がお腹にいる時を最後に、2年振り。
相変わらずのsoulfulな唄に、空白の時間が戻った気がした。
そして、結琉を抱っこして聴くおばぁは、以前の哀しい感情の代わりに輪廻を感じた。
そして、初めて聴く幸人さんの唄声は本当に声が澄んでいて、素敵でした。
が、、、気分が良かったのか、かなりお酒にも酔われていた様子。
だけど、三線も、唄声も素晴らしかった。さすが白保出身???とか、勝手に関心。
三線教室の先生も白保出身で興南高校優勝の日には、甲子園からお酒の香りを漂わせてきたが、いつもより力のこもった練習だったのを思い出した。(因みに、先生の三線の師匠は幸人さんのお父さん)
ライブの雰囲気(多分、お客さんと主催者の方々のお陰)もとっても良く、気持ち良く聴く事が出来た。
本当に、感謝で一杯のライブでした。
一番うれしかったのが、アンコールで、八重山民謡の月のかいしゃをリクエストした人がいた。私も幸人さんに一番歌って欲しい1曲だった。15年前から…
幸人さんは、段取りっていうものがあって、、、と、言いながら、なんと、唄ってくださった。曇っていたけど、輝く月の光を感じたような気がした。
今までは、勇さんのライブにしか行った事なかったけど、幸人さんと一緒だと、また、違った一面を伺えて、やっぱりいい人だなぁと再認識。
また、行きたいな。

那覇マラソン

お義父さんの初盆で沖縄に帰っていたときに、遺品の中から、昨年の那覇マラソン全完走者リスト@沖縄タイムスが出てきた。
私の会社の人が出てるからと、お義父さんがとっておいてくれたものだ。
しかし、、、昨年、とっておいておいたといただいたのは、上位の名前のみの新聞。
その時は、そろそろ、ちょっとボケることもあったから、覚えていていただいただけでも、うれしかった。

今日、会社で、那覇マラソン完走者本人に渡すと、とっても喜んでくれた。
那覇マラソンが、初マラソン、初完走だったので、ほんとにうれしそうだった。
菓子折り持ってきます!とも、言ってくれた。

こんな様子を、新聞をとって大切においていただいた本人に、伝えたかったなぁ~、、、なんて、思うと、涙が出るのでした。
お義父さん、ボケてなんかいなかったのね。
ごめんなさいね。

ありがとうぅ。

道じゅね

お盆の中日(=旧暦7月14日、今年は8月23日)、コザ近くにエイサーを見に行って来ました。

途中、雨で中断された時に、雨宿りしながら、手踊りのねぇねぇにお話を聞く事が出来ました。エイサーのために2ヶ月前から毎日練習するのだそうです。もちろん土日もエイサーでつぶれ。。。

すごい迫力でした。
----
雨が降って途中中断しながらでしたが、町内中に響きわたるエイサーで鳥肌がたちました。

優勝旗が、九州を越える瞬間

九州の海を超えた瞬間、機長から、
只今、高校野球の真紅の優勝旗が、初めて九州を超えた世紀の瞬間です。
と、アナウンスがあったようです。
今までの歴史を思うと、ジーンときました。

興南高校優勝おめでとう!

本日の沖縄タイムス。


----
え?テレビ欄は?って思ったら、次の紙面からはいつも通り。



号外付きだったっんですね。
今日から、沖縄はお盆です。

夏本番

ブログ、すっかりご無沙汰しておりました。
冬のあと、春はなくて、一気に夏になりました。
今日は、祇園祭でした。祇園祭のお囃子をきくと、心が浄化されるような気がします。
五線譜にはおこせない音階と、微妙に不協和音なのが、心地よいです。

そして、祇園祭も無事終わり、夏本番となりました。(祇園祭自体は7月いっぱい続きます)


2年前の今頃は、結琉はお腹の中。出産前の複雑な心境を思い出しました。
*CommentList

左サイドMenu

プロフィール

Rakk

Author:Rakk
うちなぁんちゅ(沖縄人)の嫁になったらっくのぐうたら日記です。
東南アジア好きなウインドサーファーです。

メインページはこちら。

カレンダー(月別)

10 ≪│2017/11│≫ 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

最近の記事

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

FC2カウンター

右サイドメニュー

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。